渡辺清次郎ホーム

撮影=鈴木信幸(
菊名駅周辺)

第20回総会(1981年)

表紙写真=6.3日本フィル大音楽会(日本武道館)

表紙写真=6.3日本フィル大音楽会(日本武道館)

はじめに

この一年もまた、少なくない争議の勝利を手にしました。同時に、この一年の勝利の特徴は、新たな質の成果を上げているのだと言っていいでしょう。 倒産争議のカコの勝利の特徴も、日立に奪われた旧カコの社長を新生カコの社長に迎え入れたことであり、中本さんの勝利もまた、婦人運動に実践的、理論的にも貢献するものとなっており、一人争議の田上、大村両君の勝利もまた、新たな前進面を切り開いたものといっていいでしょう。これらの勝利は、自らの頭で、自らの運動領域を切り開いたという点で評価すべきものでした。

また、この一年の特徴は、昨年五・二九沖争議集会の成功に引き続いて、細川の草加集会、日航、日フィル、スモン、東電、沖の日比谷集会の成功を頂点とする四〇〇にも及ぶ各種大衆集会の成功であります。これらの集会の一つ一つが幅広い支援の輪を拡げたにとどまらず、支援が共闘となり、共同の要求の実現へのハーモニーを奏でたものでした。ここには総行動の原点に立った、総行動運動の新らたな、そしてしっかりと地についた前進を誰の目にも明らかにしたものでした。

今日の労働戦線の統一をめぐる複雑な労働運動の動向の中で展開されていることに特徴があり、労働組合運動の在り方をめぐる彼我の分水嶺が存在することに気が付きます。すなわち、私たちがここ数年言い続けてきたように、”上からの統一か、下からの統一か”とは、もっと大胆に言い変えれば、労働戦線の統一が上からつくられた歴史が国際労働運動に照らしてもあるはずがないし、このような策略(資本の)が逆に、真の大衆的で階級的な労働戦線の統一への一層の弾みになることを私たちは知っているし、また、現実にこの一年の創造的運動は、未だ充分なものとは言えなくても、そのことを事実を持って明らかにしてきたのではないでしょうか。私たちもまた右翼労働戦線の統一の危険性について声を大にして叫ぶことを、そして、その危険性について声を大にして叫ぶことを、そして、その危険性とは、右翼的労働組合の癒着がその問題の本質ではなく、独占資本と自民党政府による軍拡と人民収奪の戦線の強化という道すじの中で進められていることを宣伝しつづけなければなりません。同時に、私たちは、右翼労働戦線の統一に反対するだけではなく、この一年、みんなでつくりあげてきた。あらゆる傾向の労働者、労働組合の共同闘争、すなわち”行動の統一”を瞳のように大事にしつつ発展されることこそが、具体的で実践的な”反対の闘争”のただ一つの道であることをこそ声を大にして叫ぼうではありませんか。

とまれ、今ほど私たちは正に動乱の時代に生き、その人間として、労働者としての生き様を間われているときはないのではないでしょうか。誤解を恐れずに言うなら、この時代に、争議組合、争議団として、自ら創造的につくりあげたものが、そのまま、今日の労働組合運動の再構築に貢献できる喜びを大いに表現すべきなのではないでしょうか。

ヒポクラテスは2500年前に「知恵は科学を生み、無知は信仰を生む」と言いました。知恵とは頭がいいから生まれるものではなく、自らの生き方に、悩み、苦しみながら、見つけ出そうとする努力のなかにのみ生み出されるのだということを、もっと言うなぢ、泥水を飲む覚悟が出来なくてどうして本当の知恵が生まれるでしょうか。

特に、大企業の仲間たちの闘いがこれだけクローズアップされてきただけに、これらの闘いの分野には、知恵と創造が求められているだけに、そして今日の情勢がこれらの闘いの前進を求めているがゆえに、二十年の東京争議団共闘の歴史に学び“古きをたずねて新しきを知る”歴史の創造者としての悩み、克つ苦しみを共有し合おうではありませんか。

東京地方争議団共闘会議第20回総会(1981年12月12日~14日伊豆長岡富士見ハイツ)議案書より