渡辺清次郎ホーム

撮影=鈴木信幸(
菊名駅周辺)

第14回総会(1975年)

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議案書表紙写真(全金渡辺製鋼所支部は破産による200名全員解雇とたたかう中で、組合の自主生産により浚渫船・金剛丸を建造し進水式を行った。)

はじめに

歴史はいま私たちに、こう問いかけています。

「苦痛のなかに身を沈めるか、それとも立ちあがって統一の喜びを分かちあう時代にすすもうとするのか」。

この一年、私たちをとりまく情勢はいっそうきびしさを増してきました。対決の接点はだれの目にもきわだって明らかに浮びあがってきました。

不況・インフレの同時進行という、かつて経験したことのない攻撃は、私たちに資本主義の全般的危機がもどりようのない地点に到達したことを教えてきました。政府・財界は、彼ら白身がもたらしたこの危機を、 「景気浮揚策」と称するインフレと、さらにきびしい低賃金政策の強行によって切り抜けようと企んでいます。七五春闘にひきつづき、七六春闘はこの意味で、日本の労働者階級が本格的に間われるたたかいとなるでしょう。

こうした情勢を受けて、七五春闘直後から総評大会にむけて、さまざまな労働戦線統一論、国民統一戦線論が交わされました。これらの論議が情勢に機敏に対応し、適切に前進しているかどうかはともかく、私たちこそが職場・地域にあって労働戦線統一の底辺の組織者であるという自覚を全身にみなぎらせること――このことがすべての仲間に対する最大の責任だといえるでしょう。

とまれ 公共料金値上げなどに見られる政策的インフレは、国民生活を根底からおびやかし、中小企業の倒産、失業者の増大などとあわせ、深刻な政治問題となりつつあります。こうした事態からみるとき、小選挙区制に道をひらく公選法改悪の強行に見られる政治反動が、政府・財界の深い危機感のあらわれであり、反民主主義的対応策であったことはいっそう明白です。

この政治反動は、労働戦線の場合、たたかう労働組合破壊となってあらわれています。労働戦線右傾化の攻撃と結び、経済情勢を口実とした企業ぐるみの組織破壊攻撃が最近の特徴です。

こうした情勢は、私たちを全国民的な統一を視野においた創造的なたたかいへと導いています。六〇年安保をたたかい、ケネディ・ライシャワー路線といわれる分裂支配攻撃と対峠してきた十五年間の蓄積は、いま地下水のように脈々とたたかいの底辺をうるおしています。フランスにおけるリップ時計工場の自主管理闘争は、わが国の経験のなかにたくわえられたものであり、この意味からも私たちはいっそう確信を強める必要があるでしょう。倒産企業を再建し、「わが青春のとき」「金環蝕」を世に送り出した大映の仲間、オーケストラを真に大衆のものとするなかで闘争勝利へすすむ日本フィルの仲間など、わが国の民主的な文化発展に寄与しつつたたかいを前進させたいくつかの経験は、まさに歴史の呼びかけに応えたたたかいであり、新らしい財産をつくりあげたものだといえるでしょう。

また全金渡辺製鋼のたたかいもきわめて特徴的であり、感動的なものでした。企業がつぶされた後も、対都交渉で浚渫船(※)の発注をうけ、労働者自身の手によって三隻を完成させました。この進水式は、政府・財界の倒産攻撃を打ち破り、労働運動の新らたな発展をめざす象徴として、たたかう全労働者をはげましました。浚渫船は勝利の海へ船出したのです。

第一四回総会は、こうした情勢のなかでひらかれます。私たちはこの総会を、自らのたたかいの確認にとどまらず、全国民的な期待の真ん中にむけ、苦しみの根源を明らかにし、政治の革新と、そのための真の統一めざし、前進しなければなりません。この誇りある任務の白覚こそが、自らの闘争勝利の道へとつながるのです。

(※)浚渫(しゅんせつ、dredging)は、港湾・河川・運河などの底面を浚(さら)って土砂などを取り去る土木工事のことである。浚渫作業用の船舶を浚渫船(しゅんせつせん、ドレッジャー)という。(ウィキペディアより)

東京争議団第14回総会(1975年10月9日~11日労金研修所富士センター)議案書より